2011年01月13日
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面白ショートショート『バイバイ・リバティ船危機一髪』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 第2次大戦中、アメリカはリバティ船という標準規格輸送船を大量に建造しました。それが先勝に貢献したことは言うまでもありません。

 その故事にあやかり、第17次世界大戦でも、ネオ・アメリカは標準規格船を大量に建造して、リバティ船と呼ばれました。

 膨大な数のリバティ船が物資を輸送し、経済を潤し、前線を潤し、ネオ・アメリカの優越に貢献したのは言うまでもありません。

 さて、ある日のことです。

 リバティ船の凡庸な一隻であるフランクリン・ルーズベルトは重要な任務を授かりました。某国の政治家を船客として送り届けるという任務です。某国が味方になれば、戦争も決着します。重要な役割でした。

 そのような重要な役割にリバティ船が使われるのは、軍艦には乗りたくないという本人の意向と、カモフラージュのために一般の貨客船の船客として運びたいという情報部の思惑が噛み合ったからでした。つまり、特別な豪華客船などは使いたくなかったのです。

 ところが、この情報はいつの間にか第3国経由で、ネオ・アメリカと戦っている新日本帝国にばれました。新日本帝国は、この重要人物を抹殺しようと潜水艦イロハ-901を派遣しました。

 もちろん、リバティ船のフランクリン・ルーズベルトにも護衛駆逐艦は付いています。しかし、味方が近くの船団を襲って騒動を起こすと、護衛駆逐艦はその応援に行ってしまいました。フランクリン・ルーズベルトは、もう丸裸でした。イロハ-901の射線に無防備な身体を晒していました。

 艦長は命令しました。

 「絶対に魚雷の不発は起こすなよ」

 「アイサー」

 しかし、その命令がアダになり、過敏に調整された魚雷はフランクリン・ルーズベルトに命中する前に次々と早期爆発を起こしてしまいました。

 その爆発を見てフランクリン・ルーズベルトは進路を変えて全速で逃走を始めました。いかに船足が遅い戦時標準船とはいえ、潜水艦が潜航して追跡するのは難しい速度でした。しかも、慌てて呼び寄せられた対潜哨戒機や、戻ってきた護衛駆逐艦などもそろって、すぐにうかつに手を出せない状況になりました。

 しかし、イロハ-901の艦長は諦めていませんでした。対潜哨戒機は長くその場にとどまれないし、1隻しかいない護衛駆逐艦の裏をかいて魚雷を発射することも難しくはなかったのです。

 ところが、艦長にも予想外の事態が起きました。なんと、フランクリン・ルーズベルトは予定を変更して近くの港に待避してしまったのです。しかも、その港には、同じリバティ船がそれこそ掃いて捨てるほど停泊しており、どの船がフランクリン・ルーズベルトなのか分からなくなってしまいました。

 しかし、艦長はニヤリと笑いました。

 「上手くやったつもりだろうが、そうは行かない。こちらには切り札があるんだ」

 そう。フランクリン・ルーズベルトの位置を特定するために、出航前にスパイが取り付けた電波発信機があったのでした。それを頼りに選別すれば、正しい船を沈められるはずです。

 イロハ-901は大胆不敵にも深夜の港に潜入すると、電波を頼りに港の中央部に停泊中の1隻に狙いを定めました。

 スパイの報告では、政治家は明日の出航に備えてレストランから船に戻っているとのことでした。

 チャンスは今しかありません。

 「水雷長。今度は間違いなく当たってから爆発させろよ」

 「任せてください。もうへまはしません」

 今度こそ、必中の距離で魚雷は発射され、見事にフランクリン・ルーズベルトに魚雷が命中しました。フランクリン・ルーズベルトは大爆発を起こし、そのまま沈んでしまいました。港の浅い海とはいえ、冷たい水に浸かって多くの乗員乗客は心臓麻痺を起こして救助される前に死亡しました。

 イロハ-901は、怒り狂って大挙出撃してきた対潜哨戒機と駆逐艦の群れに捕捉され、港を出てすぐに撃沈されました。艦長も帰らぬ人になりました。しかし、イロハ-901の乗組員はみな満足していました。あの重要人物を海に泳がせ、しかも心臓麻痺で殺したかも知れないからです。これで敵に有利な同盟は阻止できたと思って死んでいきました。

 某国の政治家は周囲があまりに騒がしいので、目が覚めました。

 慌てて窓から外を見ると、昨日まで乗っていたフランクリン・ルーズベルトが炎上して沈みかけています。しかし、フランクリン・ルーズベルトは機関不調を理由に別の船に任務を引き継いでここで引き返すはずでした。昨日は潜水艦から逃げるために機関に無理をさせすぎたのです。

 積み荷はまだ残っていたものの、船客は全員代船のジョージ・ブッシュに移乗済み。致命的な損失は何もありませんでした。

(遠野秋彦・作 ©2011 TOHNO, Akihiko)

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